それは彼女いない歴うん十年のオタクを救うNGOの人だ
「あの子、可愛いよね」
休日出勤をしていた土曜日の夕方。
大道寺さんは5階の窓から下をぼんやりと眺めながらそんなことを呟いた。
「どの子ですか?」
俺も大道寺さんの隣から下の道を通っている人の群に視線を落とした。
「あの子。ちょっと背が低めで、セーラー服っぽい制服を着た子」
俺もすぐにその子の姿を群の中から見つけ出すことができた。
部活帰りの中学生か?ひょっとしたら小学生かも…。
そんな少女だった。可愛いか?と言われれば、それは疑いようのない事実だろう。
しかしどうしてだろう。大道寺さんからそんな言葉を聞くと、
とても危険な香りがする…。
「腰まで伸ばした黒く黒く艶やかな髪。それを姫カットにしたあの子こそ我妹にふさわしい!
きっと知世という名に違いない!!そう、あの子は我妹になるために生まれてきたのだ!
僕は知世という名の妹を迎えるために大道寺という名字なのだから!!」
今、大道寺さんを部屋から出したら事件が起こりそうな予感がしたのは、
考え過ぎだろうか?
「大道寺さん、俺が社会のルールを教えましょうか?」
「って言うか、デートじゃないんですか?後は俺が片付けておきますから
大道寺さんは早くデートに戻った方が良いんじゃないんですか?」
「もうダメだよ…十回以上着信拒否しちゃったし…もうダメだよ…」
大道寺さんは一体何を恐れていたのか俺にはわからなかった。
そんなとき、大道寺さんの携帯が電波な音を鳴り響かせてメールの受信を告げた。
ぱかっと携帯電話を開いてそれを確認した直後、大道寺さんは携帯電話を床に落とした。
その顔は恐怖で凍り付いているように思えた。
「どうしたんですか?彼女がそんなに怒ってるんですか?」
そう言いながら俺は床に転がった携帯電話に手を伸ばした。
それを拾い上げながらさりげ無く画面を確認した。
大量の改行の後、最後の行に一言『さよなら』と書かれていただけだった。
送り主の名前は…世界?
「………どうしよう…?帰ったら刺し殺されそうな気がしてきた…」
大道寺さんは震える声でそんなことを呟いた。
「どうして殺されるんですか??」
俺にはこの文面からはそんな殺意は全く感じられなかったのだが…。
とりあえず、こういう場合は一刻も早く戻って謝った方が良さそうな気がする。
でも、きっと狂気乱心した大道寺さんの彼女は猟奇的なまでに凶暴なのだろう。
「そんなに怖い彼女なんですか?」
「…えっ?彼女じゃないよ??」
大道寺さんは少し驚いたような声をあげた。
しかし俺はそれ以上に驚いた。
「デートの相手が彼女じゃなければ、一体誰なんですか!?」
「禁則事項です」
またそれかよ!!
こうしてまた一つ、夜も眠れない程気になって気になってしかたがないこの世の不思議が増えた。
彼女以外にデートする相手とは一体…?
しかも、オタクの大道寺さんの相手をだ。
彼女いない歴20年以上の人を救済するボランティア団体かNGOの人なのか?
それとも俺の知らないところで少子化に歯止めをかけようと、
政府が動いたのか?
オタクの遺伝子でも、子供がいなくなるよりはましだということか?
まぁなにはともあれ、二十代の社会人が刺殺されたとか、
首の無い遺体が見付かっただとか、
そんなニュースを聞くことは無かった。
休日出勤をしていた土曜日の夕方。
大道寺さんは5階の窓から下をぼんやりと眺めながらそんなことを呟いた。
「どの子ですか?」
俺も大道寺さんの隣から下の道を通っている人の群に視線を落とした。
「あの子。ちょっと背が低めで、セーラー服っぽい制服を着た子」
俺もすぐにその子の姿を群の中から見つけ出すことができた。
部活帰りの中学生か?ひょっとしたら小学生かも…。
そんな少女だった。可愛いか?と言われれば、それは疑いようのない事実だろう。
しかしどうしてだろう。大道寺さんからそんな言葉を聞くと、
とても危険な香りがする…。
「腰まで伸ばした黒く黒く艶やかな髪。それを姫カットにしたあの子こそ我妹にふさわしい!
きっと知世という名に違いない!!そう、あの子は我妹になるために生まれてきたのだ!
僕は知世という名の妹を迎えるために大道寺という名字なのだから!!」
今、大道寺さんを部屋から出したら事件が起こりそうな予感がしたのは、
考え過ぎだろうか?
「大道寺さん、俺が社会のルールを教えましょうか?」
「って言うか、デートじゃないんですか?後は俺が片付けておきますから
大道寺さんは早くデートに戻った方が良いんじゃないんですか?」
「もうダメだよ…十回以上着信拒否しちゃったし…もうダメだよ…」
大道寺さんは一体何を恐れていたのか俺にはわからなかった。
そんなとき、大道寺さんの携帯が電波な音を鳴り響かせてメールの受信を告げた。
ぱかっと携帯電話を開いてそれを確認した直後、大道寺さんは携帯電話を床に落とした。
その顔は恐怖で凍り付いているように思えた。
「どうしたんですか?彼女がそんなに怒ってるんですか?」
そう言いながら俺は床に転がった携帯電話に手を伸ばした。
それを拾い上げながらさりげ無く画面を確認した。
大量の改行の後、最後の行に一言『さよなら』と書かれていただけだった。
送り主の名前は…世界?
「………どうしよう…?帰ったら刺し殺されそうな気がしてきた…」
大道寺さんは震える声でそんなことを呟いた。
「どうして殺されるんですか??」
俺にはこの文面からはそんな殺意は全く感じられなかったのだが…。
とりあえず、こういう場合は一刻も早く戻って謝った方が良さそうな気がする。
でも、きっと狂気乱心した大道寺さんの彼女は猟奇的なまでに凶暴なのだろう。
「そんなに怖い彼女なんですか?」
「…えっ?彼女じゃないよ??」
大道寺さんは少し驚いたような声をあげた。
しかし俺はそれ以上に驚いた。
「デートの相手が彼女じゃなければ、一体誰なんですか!?」
「禁則事項です」
またそれかよ!!
こうしてまた一つ、夜も眠れない程気になって気になってしかたがないこの世の不思議が増えた。
彼女以外にデートする相手とは一体…?
しかも、オタクの大道寺さんの相手をだ。
彼女いない歴20年以上の人を救済するボランティア団体かNGOの人なのか?
それとも俺の知らないところで少子化に歯止めをかけようと、
政府が動いたのか?
オタクの遺伝子でも、子供がいなくなるよりはましだということか?
まぁなにはともあれ、二十代の社会人が刺殺されたとか、
首の無い遺体が見付かっただとか、
そんなニュースを聞くことは無かった。
電波ソングって言うかもはや音響兵器級
大道寺さんはいつもの様に痛い愛車に乗って登場した。
しかも、なんと今日は音楽を車外に響かせながらだ。
それが一体何の曲なのか俺にわかるはずはなかった。
ただ、はてしなく毒電波な感じで、大道寺さんの車に怖い程ぴったりとあっていた。
一度聞くと頭に焼き付いて離れなくなってしまいそうな程だ。
まさに有害。あれを聞かされた通りすがりの人々は
頭から消し去るまでに相当な苦労と、精神的被害を被るはずだ。
会社の門の前で俺はそんな物体が近づいてくるのを出迎えていた。
正直大道寺さんを出迎えようだなんて思ったことを後悔した。
今すぐにでも回れ右をして会社の中に駆け込みたいくらいだった。
駅のすぐ近くにある会社。
しかも平日よりも人通りの多い休日の、もっとも混雑する時間だ。
だから大道寺さんは最高に目立っていた!
ついでに俺まで巻き添えを食って衆目の視線を集めてしまっている。
まったく、もっと大人しく登場してくれればいいものを…。
「そう言えば、車の塗装前と変わりましたね」
どういうわけか俺はそんな事実に気づいてしまった。
気づいてしまったからには世辞の一つでも言わねばなるまい。
「可愛い子ですね。…でも、どうして海星の絵まで描いてあるんですか?」
「それはね、海星の絵をいっしょに描いてあげるとふうこたんが喜ぶからだよ」
「…ふうこって誰ですか…?」
「君に話しても詮無い事だよ。わかる人にだけわかってもらえればそれでいいんだよ」
まぁ確かに大道寺さんの愛車に描かれたキャラがどんな子かなんて、
俺には全く興味の無いことだ。
しかしまぁ、そう言って教えてもらえないとなると途端に気になりだしてしまうじゃないか?
「それにしてもさっきの曲はすごかったですね…。
でももうちょっと静かに聞いた方がいいんじゃないですか?
激しく音が漏れていましたよ??」
「恋のミクル伝説、良い曲でしょ?」
「えぇ、すごいですよ…。タイトルもすごいですね…。
何て言うか…、音響兵器並ですね…」
「昔はスーパーユーロビートなんかも聞いてたんだけどね。
今の車に合わなくてね〜」
なんて言っていた。
それはひょっとして一世を風靡したドリフト至上主義のアニメで使われた
曲の事を言っているんですか?
きっとそれ限定なんですよね?
さて、休日にどうして俺が出勤していて、大道寺さんの出迎えをしていたかと言うとだ。
トラブルが発生してしまったんだ。
大道寺さんが開発して、以後のサポートを俺が引き継ぐことになった製品「こなた」。
それがお客さんのところでトラブルを起こしてしまったんだ。
タイミング悪く金曜日の夕方にお客さんから第一報が入った。
大道寺さん曰く「よくあることだよ」だそうだ。
トラブルは休み前に起こる、らしい。
ところが、大道寺さんはいつもの様にアニメがあるからと言って俺一人を残して帰ってしまった。
「まぁこういうのも良い経験だよ?」
なんて、人事だと思ってさ。
良い経験になるのかもしれないけれど、決して良い体験ではない。
しかし、俺一人で頑張ってみても原因がわからず、
焦ったお客さんも土曜日だというのに最速の電話をかけてきた。
だから、俺は大道寺さんに助けを求めたんだ。
実は午前中から二度ほど電話したけれど、二度とも断られた。
「こなたが!こなたが動かなくなりました!!」
と電話した三度目でやっときてくれたんだ。
だから俺は大道寺さんのご機嫌をとるので必死だ。
帰る!!だなんて怒らせてしまっては大変だからね。
「今日はデートだってずっと前から約束してたのに、どうして仕事に行っちゃうの!?
って怒られたんだよ?どうしてくれるの??」
「申し訳ありません…。俺が未熟なせいで…」
と、とりあえず謝っておいた。
デート?どうせゲームの中の女の子か、そうでなければ妄想上の出来事だろ!?
と思ったが、今の俺にはそんな言葉を口にすることは許されない。
「で、僕のこなたに一体何をしたの!?」
俺は突然悲鳴をあげて動かなくなったこなたを見せた。
いや、スピーカーから異常な音が出ただけだ。
大道寺さんは蓋を開けて電源を入れて、
回路図を見ながらオシロスコープとマルチメーターでちょろちょろっと調べた。
「ねぇ、このIC壊れてるんじゃないの?載せ替えてきて!」
俺は急いで交換をした。
「こなたになんて事をするんだ!焦げちゃってるじゃないか!!」
そんな事を言われても俺はまだレベルが低いんだからしかたがない。
「これ電圧高いんじゃないの!?ちゃんとICのデータシート見た??
あと、エアフローとか大丈夫?なんかこなた暑そうだよ?」
「えっ!?そんなはずは無いですよ!ちゃんと動作してましたよ?」
「そりゃちょっとくらい電圧高くても動くんだよ。
でも絶対最大定格を越えると寿命が縮むんだよ?
それを気づかずに出荷しちゃうとね、お客さんのところで大量死が発生するんだよ?
僕のこなたに対して行った行為の罪深さを反省したまへ!」
いつも仕事にはいい加減な大道寺さんが珍しく怒っていた。
もしかして俺は本当に大道寺さんのデートの邪魔をしてしまったのか?
しかし、その割には問題が解決しても大道寺さんは一向に帰ろうとはしなかった。
「あの、デートはもういいんですか?」
とぼんやり窓の外を眺めている大道寺さんに話しかけた。
「いやね、実はこっそり抜け出してきたからね…。
怒ってるんじゃないかな〜って思うと、なかなか帰りにくくってね…。
何かご機嫌をとる方法を考えないと…」
なんて事を呟いていた。
ひょっとして本当にデートだったんですか!?
そうか、実は俺の知らないところで地球の地軸が180度くらい反転して、
狂気乱心した人が大量発生していたのか。
そうだ、そうに違いない。きっと大道寺さんの彼女はそんな人だ。
しかも、なんと今日は音楽を車外に響かせながらだ。
それが一体何の曲なのか俺にわかるはずはなかった。
ただ、はてしなく毒電波な感じで、大道寺さんの車に怖い程ぴったりとあっていた。
一度聞くと頭に焼き付いて離れなくなってしまいそうな程だ。
まさに有害。あれを聞かされた通りすがりの人々は
頭から消し去るまでに相当な苦労と、精神的被害を被るはずだ。
会社の門の前で俺はそんな物体が近づいてくるのを出迎えていた。
正直大道寺さんを出迎えようだなんて思ったことを後悔した。
今すぐにでも回れ右をして会社の中に駆け込みたいくらいだった。
駅のすぐ近くにある会社。
しかも平日よりも人通りの多い休日の、もっとも混雑する時間だ。
だから大道寺さんは最高に目立っていた!
ついでに俺まで巻き添えを食って衆目の視線を集めてしまっている。
まったく、もっと大人しく登場してくれればいいものを…。
「そう言えば、車の塗装前と変わりましたね」
どういうわけか俺はそんな事実に気づいてしまった。
気づいてしまったからには世辞の一つでも言わねばなるまい。
「可愛い子ですね。…でも、どうして海星の絵まで描いてあるんですか?」
「それはね、海星の絵をいっしょに描いてあげるとふうこたんが喜ぶからだよ」
「…ふうこって誰ですか…?」
「君に話しても詮無い事だよ。わかる人にだけわかってもらえればそれでいいんだよ」
まぁ確かに大道寺さんの愛車に描かれたキャラがどんな子かなんて、
俺には全く興味の無いことだ。
しかしまぁ、そう言って教えてもらえないとなると途端に気になりだしてしまうじゃないか?
「それにしてもさっきの曲はすごかったですね…。
でももうちょっと静かに聞いた方がいいんじゃないですか?
激しく音が漏れていましたよ??」
「恋のミクル伝説、良い曲でしょ?」
「えぇ、すごいですよ…。タイトルもすごいですね…。
何て言うか…、音響兵器並ですね…」
「昔はスーパーユーロビートなんかも聞いてたんだけどね。
今の車に合わなくてね〜」
なんて言っていた。
それはひょっとして一世を風靡したドリフト至上主義のアニメで使われた
曲の事を言っているんですか?
きっとそれ限定なんですよね?
さて、休日にどうして俺が出勤していて、大道寺さんの出迎えをしていたかと言うとだ。
トラブルが発生してしまったんだ。
大道寺さんが開発して、以後のサポートを俺が引き継ぐことになった製品「こなた」。
それがお客さんのところでトラブルを起こしてしまったんだ。
タイミング悪く金曜日の夕方にお客さんから第一報が入った。
大道寺さん曰く「よくあることだよ」だそうだ。
トラブルは休み前に起こる、らしい。
ところが、大道寺さんはいつもの様にアニメがあるからと言って俺一人を残して帰ってしまった。
「まぁこういうのも良い経験だよ?」
なんて、人事だと思ってさ。
良い経験になるのかもしれないけれど、決して良い体験ではない。
しかし、俺一人で頑張ってみても原因がわからず、
焦ったお客さんも土曜日だというのに最速の電話をかけてきた。
だから、俺は大道寺さんに助けを求めたんだ。
実は午前中から二度ほど電話したけれど、二度とも断られた。
「こなたが!こなたが動かなくなりました!!」
と電話した三度目でやっときてくれたんだ。
だから俺は大道寺さんのご機嫌をとるので必死だ。
帰る!!だなんて怒らせてしまっては大変だからね。
「今日はデートだってずっと前から約束してたのに、どうして仕事に行っちゃうの!?
って怒られたんだよ?どうしてくれるの??」
「申し訳ありません…。俺が未熟なせいで…」
と、とりあえず謝っておいた。
デート?どうせゲームの中の女の子か、そうでなければ妄想上の出来事だろ!?
と思ったが、今の俺にはそんな言葉を口にすることは許されない。
「で、僕のこなたに一体何をしたの!?」
俺は突然悲鳴をあげて動かなくなったこなたを見せた。
いや、スピーカーから異常な音が出ただけだ。
大道寺さんは蓋を開けて電源を入れて、
回路図を見ながらオシロスコープとマルチメーターでちょろちょろっと調べた。
「ねぇ、このIC壊れてるんじゃないの?載せ替えてきて!」
俺は急いで交換をした。
「こなたになんて事をするんだ!焦げちゃってるじゃないか!!」
そんな事を言われても俺はまだレベルが低いんだからしかたがない。
「これ電圧高いんじゃないの!?ちゃんとICのデータシート見た??
あと、エアフローとか大丈夫?なんかこなた暑そうだよ?」
「えっ!?そんなはずは無いですよ!ちゃんと動作してましたよ?」
「そりゃちょっとくらい電圧高くても動くんだよ。
でも絶対最大定格を越えると寿命が縮むんだよ?
それを気づかずに出荷しちゃうとね、お客さんのところで大量死が発生するんだよ?
僕のこなたに対して行った行為の罪深さを反省したまへ!」
いつも仕事にはいい加減な大道寺さんが珍しく怒っていた。
もしかして俺は本当に大道寺さんのデートの邪魔をしてしまったのか?
しかし、その割には問題が解決しても大道寺さんは一向に帰ろうとはしなかった。
「あの、デートはもういいんですか?」
とぼんやり窓の外を眺めている大道寺さんに話しかけた。
「いやね、実はこっそり抜け出してきたからね…。
怒ってるんじゃないかな〜って思うと、なかなか帰りにくくってね…。
何かご機嫌をとる方法を考えないと…」
なんて事を呟いていた。
ひょっとして本当にデートだったんですか!?
そうか、実は俺の知らないところで地球の地軸が180度くらい反転して、
狂気乱心した人が大量発生していたのか。
そうだ、そうに違いない。きっと大道寺さんの彼女はそんな人だ。
煩悩を滅却すれば二次元世界が見えるらしいぞ!
俺は休憩をしようと席を立ち、コーヒーを買った。
一日中オフィスに閉じこもって、汚れた空気と電磁波に囲まれていると気が滅入ってしまう。
外の空気が吸いたくなったから屋上に登った。
するとそこには大道寺さんの姿があった。
そう言えばしばらく前から姿が見えないと思ったら、
こんなところでサボっていたのか。
「大道寺さん、何してるんですか?」
力尽きて手すりに引っかかるようにしていた大道寺さんが、
首を持ち上げて俺の方を振り向いた。
その顔に生気はなかった。
それはまるでもうすぐ屋上から落っこちてしまいそうな表情だった。
「…何かあったんですか?仕事のトラブルとかですか?言ってもらえれば手伝いますよ!」
せっかく俺がそう声をかけてやったのに大道寺さんは再び地上を見下ろした。
「ダメだよ。沢村くんじゃ…無理だよ…」
その声は本当に何か悩みでも抱えている様だった。
「最近ね、物覚えが悪くなっちゃってさ〜…僕ももう年なのかなって思っちゃってね…」
「年………ですか??」
俺には大道寺さんの悩みがさっぱり理解できなかった。
俺よりも二つくらい年下の大道寺さんが、
一体何を訳の分からないことで悩んでいるんだ。
まだ25才にもなってないっていうのにだ。
「やっぱり何かミスしちゃったんですか?
納期を忘れてたとか、依頼された仕事を忘れてたとか?
でもしかたないですよ!大道寺さんの仕事の量は尋常じゃないですから!」
「いや、仕事の事じゃないんだよ。僕がそんなことで悩むはずないでしょ?」
言われてみればそうだ。大道寺さんはそんな事で悩むような人じゃない!
そんなにまじめな人じゃあない!
「最近ね、特に人の名前がなかなか覚えられなくなっちゃってね…」
「人の名前ですか…?彼女を別の女の名前で呼んじゃったとかですか??」
「何わけのわからないことを言っているんだい!?
そんなつまらないことじゃないんだよ!!」
男として、人間として異性の事で悩むのはいたって真っ当な事だと思うのだが…。
大道寺さんはそのような煩悩を滅却することで二次元世界を見据える心眼を会得したのだろう。
「…じゃあ、何なんですか??」
「声優さんの名前だよ!!昨日友達からもらったアニメの声優さん!
面白いから一気に全部見たのにね〜…
キャラに声を当てていた声優さんの名前が思い出せないんだよ!!」
「………そんなことですか??」
俺は驚いた。そして飽きれた。
まさかそんなことで死にそうな顔して悩んでいるなんて思わなかった。
って言うか、そもそも悩むような事なのか、それが。
「じゃあ帰ってからもう一度そのアニメを見たらいいじゃないですか?
だから今は仕事をしてくださいよ!」
大道寺さんが抜けると、尋常でないほどの仕事が俺に回ってきてしまう。
だから大道寺さんが抜けると困るんだ。
「ダメなんだよ!!
それがずっと気になって気になって何も手に付かないんだよ!
仕事どころじゃないんだよ!!
朝からずっと思い出そうとしてたのに全然思い出せないんだよ!!
もう疲れたんだよ!!」
一般人ならば気にも止めないような事で、
問題ということすらはばかられる用な些細な事で、
そこまで真剣に悩めるとは、さすが大道寺さんだ。
その情熱を少しばかり現実の方にも振り分けてもらいたいのだが…。
「じゃあこっそりインターネットで調べたらいいじゃないですか?
キャラクター紹介とかで声優さんの名前くらい出てくるんじゃないんですか?」
「調べたよ!朝からずっと調べてたよ!でも出てこないんだよ!!
名前もないような脇役だから出てこないんだよ!!」
俺はまたしても驚いたよ。主役級のキャラの事かと思えば、
登場時間数秒くらいの脇役の声優さんの名前の事だとは考えもしなかった。
「……いや、…別にそんなの知らなくったっていいんじゃないですか??
って言うか、普通誰もそんなところまで気にしませんよ??」
「ダメに決まってるじゃないか!!
オタクが気に入ったアニメの声優さんすら把握してないだなんて、
恥ずかしくて表も歩けないよ!!」
そうか、オタクはそんなことを恥と感じるのか…。
どちらかと言えば、アニメにそこまではまり込みすぎていることの方が
恥ずかしい気もするのだが、そう思うのは俺だけか?
って言うか、そんなことで社会生活に支障をきたす方が重大な問題だろう?
大道寺さんはむきになってひとしきりわめき散らしたあと、
再び手すりに倒れかかった。
「もう、疲れたよ……。
つくづく自分の頭の悪さが嫌になったよ……」
そんなことを、遥か遠くの地面を見つめながら言われると少しばかり不安になる。
「わかりました…。それじゃあ俺の力が必要になったら言ってください。
いつでも背中をポンと押してあげますから」
俺は大道寺さんを連れ戻すことはあきらめた。
そうか、徹夜でアニメを見つづけると廃人になるのか。
まぁ疲れきった頭に無理矢理アニメを詰め込むんだ、
これはちょっとした洗脳じゃないか。
ひょっとして大道寺さんはオタクでありつづけるために自己暗示でもかけているのか?
結局大道寺さんが戻ってきたのは夕方になってからだ。
就業のチャイムが鳴る直前に、元気よく階段をかけ降りてきやがった!
「名前が気になって仕事が手に付かないよ!!」
と言い残してさっさと帰っちまいやがった!
そして俺のところへやらなくてもいいはずだった仕事が回ってきやがるんだ!
何もかもを忘れてアニメに夢中になれれば、俺もこんな苦しみから開放されるだろうか?
一日中オフィスに閉じこもって、汚れた空気と電磁波に囲まれていると気が滅入ってしまう。
外の空気が吸いたくなったから屋上に登った。
するとそこには大道寺さんの姿があった。
そう言えばしばらく前から姿が見えないと思ったら、
こんなところでサボっていたのか。
「大道寺さん、何してるんですか?」
力尽きて手すりに引っかかるようにしていた大道寺さんが、
首を持ち上げて俺の方を振り向いた。
その顔に生気はなかった。
それはまるでもうすぐ屋上から落っこちてしまいそうな表情だった。
「…何かあったんですか?仕事のトラブルとかですか?言ってもらえれば手伝いますよ!」
せっかく俺がそう声をかけてやったのに大道寺さんは再び地上を見下ろした。
「ダメだよ。沢村くんじゃ…無理だよ…」
その声は本当に何か悩みでも抱えている様だった。
「最近ね、物覚えが悪くなっちゃってさ〜…僕ももう年なのかなって思っちゃってね…」
「年………ですか??」
俺には大道寺さんの悩みがさっぱり理解できなかった。
俺よりも二つくらい年下の大道寺さんが、
一体何を訳の分からないことで悩んでいるんだ。
まだ25才にもなってないっていうのにだ。
「やっぱり何かミスしちゃったんですか?
納期を忘れてたとか、依頼された仕事を忘れてたとか?
でもしかたないですよ!大道寺さんの仕事の量は尋常じゃないですから!」
「いや、仕事の事じゃないんだよ。僕がそんなことで悩むはずないでしょ?」
言われてみればそうだ。大道寺さんはそんな事で悩むような人じゃない!
そんなにまじめな人じゃあない!
「最近ね、特に人の名前がなかなか覚えられなくなっちゃってね…」
「人の名前ですか…?彼女を別の女の名前で呼んじゃったとかですか??」
「何わけのわからないことを言っているんだい!?
そんなつまらないことじゃないんだよ!!」
男として、人間として異性の事で悩むのはいたって真っ当な事だと思うのだが…。
大道寺さんはそのような煩悩を滅却することで二次元世界を見据える心眼を会得したのだろう。
「…じゃあ、何なんですか??」
「声優さんの名前だよ!!昨日友達からもらったアニメの声優さん!
面白いから一気に全部見たのにね〜…
キャラに声を当てていた声優さんの名前が思い出せないんだよ!!」
「………そんなことですか??」
俺は驚いた。そして飽きれた。
まさかそんなことで死にそうな顔して悩んでいるなんて思わなかった。
って言うか、そもそも悩むような事なのか、それが。
「じゃあ帰ってからもう一度そのアニメを見たらいいじゃないですか?
だから今は仕事をしてくださいよ!」
大道寺さんが抜けると、尋常でないほどの仕事が俺に回ってきてしまう。
だから大道寺さんが抜けると困るんだ。
「ダメなんだよ!!
それがずっと気になって気になって何も手に付かないんだよ!
仕事どころじゃないんだよ!!
朝からずっと思い出そうとしてたのに全然思い出せないんだよ!!
もう疲れたんだよ!!」
一般人ならば気にも止めないような事で、
問題ということすらはばかられる用な些細な事で、
そこまで真剣に悩めるとは、さすが大道寺さんだ。
その情熱を少しばかり現実の方にも振り分けてもらいたいのだが…。
「じゃあこっそりインターネットで調べたらいいじゃないですか?
キャラクター紹介とかで声優さんの名前くらい出てくるんじゃないんですか?」
「調べたよ!朝からずっと調べてたよ!でも出てこないんだよ!!
名前もないような脇役だから出てこないんだよ!!」
俺はまたしても驚いたよ。主役級のキャラの事かと思えば、
登場時間数秒くらいの脇役の声優さんの名前の事だとは考えもしなかった。
「……いや、…別にそんなの知らなくったっていいんじゃないですか??
って言うか、普通誰もそんなところまで気にしませんよ??」
「ダメに決まってるじゃないか!!
オタクが気に入ったアニメの声優さんすら把握してないだなんて、
恥ずかしくて表も歩けないよ!!」
そうか、オタクはそんなことを恥と感じるのか…。
どちらかと言えば、アニメにそこまではまり込みすぎていることの方が
恥ずかしい気もするのだが、そう思うのは俺だけか?
って言うか、そんなことで社会生活に支障をきたす方が重大な問題だろう?
大道寺さんはむきになってひとしきりわめき散らしたあと、
再び手すりに倒れかかった。
「もう、疲れたよ……。
つくづく自分の頭の悪さが嫌になったよ……」
そんなことを、遥か遠くの地面を見つめながら言われると少しばかり不安になる。
「わかりました…。それじゃあ俺の力が必要になったら言ってください。
いつでも背中をポンと押してあげますから」
俺は大道寺さんを連れ戻すことはあきらめた。
そうか、徹夜でアニメを見つづけると廃人になるのか。
まぁ疲れきった頭に無理矢理アニメを詰め込むんだ、
これはちょっとした洗脳じゃないか。
ひょっとして大道寺さんはオタクでありつづけるために自己暗示でもかけているのか?
結局大道寺さんが戻ってきたのは夕方になってからだ。
就業のチャイムが鳴る直前に、元気よく階段をかけ降りてきやがった!
「名前が気になって仕事が手に付かないよ!!」
と言い残してさっさと帰っちまいやがった!
そして俺のところへやらなくてもいいはずだった仕事が回ってきやがるんだ!
何もかもを忘れてアニメに夢中になれれば、俺もこんな苦しみから開放されるだろうか?
社員の生活を応援する世界作りのための奉仕団体
お盆休みを聖地巡礼と称して秋葉原とビッグサイトで過ごした大道寺さんは、
さらに進化して帰ってきた。
『団長』とかかれた腕章を左腕に付けるようになった。
机の上には『団長』とかかれた三角錐型のネームプレートを立てるようになった。
なぜ団長なのか?そんなこと、俺にわかるはずがない。
「それ…どうしたんですか?」
「これ?いいでしょ??秋葉原に売ってたんだよ」
とうれしそうに俺に見せてくれた。
う〜ん…こんな訳のわからないものが売っているとは、秋葉原とは謎な街だ。
何がうれしくて団長になりたがるんだか。
「で、何の団長になったんですか??」
「う〜ん…そうだね〜…。
『社員の生活を応援する世界作りのための奉仕団体』なんて言うのはどうだろう?」
それは明らかに今考えたんだな?
「それは一体何をする団体なんですか?団員は誰なんですか??」
「何言ってるの?もちろん沢村くんが団員だよ??」
「えっ!?俺が含まれてるんですか??入団届けを提出した覚えはないですけど!??」
「大丈夫だよ、宇宙人とか未来人とか超能力者を探してこいなんて言わないから」
当たり前だ!そんな訳のわからない命令をされてたまるか!
まぁしかしここは大人しく引き下がることにした。
大道寺さんに逆らうと俺だけが酷い目に遭う、最近やっとそのことを学んだ。
俺は団員になることに甘んじる事にした。
別に何か不都合な事がある訳ではなさそうだったから。
「でも、団長になると何かいいことがあるんですか?」
「あるよ。団長手当てがもらえる」
「マジですか!?」
と言う俺の問に、大道寺さんは微笑んで返した。
そんな訳のわからない手当てがあるはずがない!就業規則のどこにもそんなこと書いてなかったぞ!
と思いつつもだ。でもひょっとしたら大道寺さんならそんなものをもらっているのかも…
と言う不安は拭いされなかった。
まぁそんなわけで、大道寺さんは団長になった。
大道寺さんがそんな腕章を付けて社内を歩き回るから、
数日も経てば団長の存在は有名を超越して全社員の常識にまでなっていた。
大道寺さんの名前を知らない他部署の社員でも、
「ああ、あの団長さんの事?」
と話が通じるまでになっていた。
『リーダー』
わずか二人ばかりの開発チームだから、わざわざそんな呼び方をすることは滅多にない。
でもこれからは『団長』と呼ぶ必要がありそうだ。
「大道寺さん」
と呼んだら返事もしやがらなくなった!
「団長さんはまた何か新しい物を作る予定とかないのかな?」
廊下ですれ違った社長が俺にそう話しかけてきた。
社長、あなたまでその名で呼ぶのですか…。
それにしても社長が俺に話しかけてくるとは予想外だった。
どうやら団長の大道寺さんだけではなく団員の俺の事までささやかれ始めているらしい。
「さぁ…どうでしょう?とりあえず、次の製品名は『かがみ』にするか、
『みくる』にするかで悩んでましたけど?」
そう、まだ影も形もない製品の名前を考えていたんだ。
「そうか。我々経営統合思念体は、彼が現在我が社が陥っている自律発展の閉塞状態を
打開する鍵となることを期待している」
はぁ。そんな難解な単語を並べて電波な事言われても俺には理解できませんよ?
家の会社もいよいよ終焉の時が迫っているのか!?
大方社長室のスピーカーから年中休みなく超音波のアニソンが垂れ流されているんだろう。
もちろん、誰かの陰謀によって。あの人ならそんなことくらい訳無くやってのけることだろう。
「いや、娘が最近面白いアニメがあるって勧めてくれたから見てみたんだけど、
団長さんもその影響を受けているのかな?」
「社長、差し出がましいようですが、娘さんは道を大きく踏み外そうとしていますよ?」
社長がそんなことを言うものだから大道寺さんはますます調子に乗るんだ!
大道寺さんの強い希望というか、強引な交渉というか、
「気に入らないんだったらいつでも言ってくださいね。すぐに辞めてあげますから」
なんてわがままによって、
我が団にパーティションでしっかりと区切られた専用のスペースが与えられた。
と言うかもはや仕事をするスペースではないような気がする。
いつの間にか俺の机の上には『平団員』と書かれた粗末なネームプレートが設置されていた。
俺は今朝まで会社名の入った平凡なマウスパッドを使っていたはずなのだが、
今はそこで見知らぬ美少女が微笑んでいる。
パーティションの中に専用のカレンダーまで設置された。
大道寺さんがお土産で買ってきたものだ。季節外れのカレンダーは半額で売っていたらしい。
そのカレンダーには本家本元と思しき団長の姿が描かれていた。
大道寺さんの周りをぐるりと囲むように設置されたパソコンや計測器の画面などは、
大道寺さんが席を外すとほどなく異次元の少女たちが映し出される。
ちなみに今まで成人女性が映し出されたところを一度たりとも見たことはない。
もちろんパーティションにはポスターがびっしりと貼られていることは言うまでもない。
私物の扇風機の羽にだってびっしりとステッカーが貼ってあるくらいだ。
マイナスイオンって言うよりも電波を放出していそうな感じだ。
俺以外の人目がなくなったせいで大道寺さんはますますエスカレートした。
まずい!このままでは俺の気が狂いそうだ!!
「ココロたんはあのぺたんこ具合が萌えるんだよね」
などと俺が口走ろうものなら人思いに殺してほしい!頼むから!!
って言うか、大道寺さんはスペースを与えられたというより隔離されたのか?
だとするなら俺は人柱か!?
クソッ!覚えていやがれ、課長め!
大道寺さんの力を制御できるようになったら真っ先に潰してやる!
休憩が終わって席に戻ってみると、俺の机の上に資料が山積みにされていた。
「大道寺さん!これは何ですか!?」
「何って、こなたの資料だよ。この間言ったでしょ?こなたは沢村君に任せるって」
「え…っ?あれ、マジだったんですか?てっきり冗談かと…」
「僕はゆきの開発に専念しなきゃいけないから」
大道寺さんは本気で俺に仕事を押し付けてくれた。
そしていつの間にか新製品の開発と、その名前までが決められていた。
「ところで『ゆき』って何のキャラの名前なんですか??」
さらに進化して帰ってきた。
『団長』とかかれた腕章を左腕に付けるようになった。
机の上には『団長』とかかれた三角錐型のネームプレートを立てるようになった。
なぜ団長なのか?そんなこと、俺にわかるはずがない。
「それ…どうしたんですか?」
「これ?いいでしょ??秋葉原に売ってたんだよ」
とうれしそうに俺に見せてくれた。
う〜ん…こんな訳のわからないものが売っているとは、秋葉原とは謎な街だ。
何がうれしくて団長になりたがるんだか。
「で、何の団長になったんですか??」
「う〜ん…そうだね〜…。
『社員の生活を応援する世界作りのための奉仕団体』なんて言うのはどうだろう?」
それは明らかに今考えたんだな?
「それは一体何をする団体なんですか?団員は誰なんですか??」
「何言ってるの?もちろん沢村くんが団員だよ??」
「えっ!?俺が含まれてるんですか??入団届けを提出した覚えはないですけど!??」
「大丈夫だよ、宇宙人とか未来人とか超能力者を探してこいなんて言わないから」
当たり前だ!そんな訳のわからない命令をされてたまるか!
まぁしかしここは大人しく引き下がることにした。
大道寺さんに逆らうと俺だけが酷い目に遭う、最近やっとそのことを学んだ。
俺は団員になることに甘んじる事にした。
別に何か不都合な事がある訳ではなさそうだったから。
「でも、団長になると何かいいことがあるんですか?」
「あるよ。団長手当てがもらえる」
「マジですか!?」
と言う俺の問に、大道寺さんは微笑んで返した。
そんな訳のわからない手当てがあるはずがない!就業規則のどこにもそんなこと書いてなかったぞ!
と思いつつもだ。でもひょっとしたら大道寺さんならそんなものをもらっているのかも…
と言う不安は拭いされなかった。
まぁそんなわけで、大道寺さんは団長になった。
大道寺さんがそんな腕章を付けて社内を歩き回るから、
数日も経てば団長の存在は有名を超越して全社員の常識にまでなっていた。
大道寺さんの名前を知らない他部署の社員でも、
「ああ、あの団長さんの事?」
と話が通じるまでになっていた。
『リーダー』
わずか二人ばかりの開発チームだから、わざわざそんな呼び方をすることは滅多にない。
でもこれからは『団長』と呼ぶ必要がありそうだ。
「大道寺さん」
と呼んだら返事もしやがらなくなった!
「団長さんはまた何か新しい物を作る予定とかないのかな?」
廊下ですれ違った社長が俺にそう話しかけてきた。
社長、あなたまでその名で呼ぶのですか…。
それにしても社長が俺に話しかけてくるとは予想外だった。
どうやら団長の大道寺さんだけではなく団員の俺の事までささやかれ始めているらしい。
「さぁ…どうでしょう?とりあえず、次の製品名は『かがみ』にするか、
『みくる』にするかで悩んでましたけど?」
そう、まだ影も形もない製品の名前を考えていたんだ。
「そうか。我々経営統合思念体は、彼が現在我が社が陥っている自律発展の閉塞状態を
打開する鍵となることを期待している」
はぁ。そんな難解な単語を並べて電波な事言われても俺には理解できませんよ?
家の会社もいよいよ終焉の時が迫っているのか!?
大方社長室のスピーカーから年中休みなく超音波のアニソンが垂れ流されているんだろう。
もちろん、誰かの陰謀によって。あの人ならそんなことくらい訳無くやってのけることだろう。
「いや、娘が最近面白いアニメがあるって勧めてくれたから見てみたんだけど、
団長さんもその影響を受けているのかな?」
「社長、差し出がましいようですが、娘さんは道を大きく踏み外そうとしていますよ?」
社長がそんなことを言うものだから大道寺さんはますます調子に乗るんだ!
大道寺さんの強い希望というか、強引な交渉というか、
「気に入らないんだったらいつでも言ってくださいね。すぐに辞めてあげますから」
なんてわがままによって、
我が団にパーティションでしっかりと区切られた専用のスペースが与えられた。
と言うかもはや仕事をするスペースではないような気がする。
いつの間にか俺の机の上には『平団員』と書かれた粗末なネームプレートが設置されていた。
俺は今朝まで会社名の入った平凡なマウスパッドを使っていたはずなのだが、
今はそこで見知らぬ美少女が微笑んでいる。
パーティションの中に専用のカレンダーまで設置された。
大道寺さんがお土産で買ってきたものだ。季節外れのカレンダーは半額で売っていたらしい。
そのカレンダーには本家本元と思しき団長の姿が描かれていた。
大道寺さんの周りをぐるりと囲むように設置されたパソコンや計測器の画面などは、
大道寺さんが席を外すとほどなく異次元の少女たちが映し出される。
ちなみに今まで成人女性が映し出されたところを一度たりとも見たことはない。
もちろんパーティションにはポスターがびっしりと貼られていることは言うまでもない。
私物の扇風機の羽にだってびっしりとステッカーが貼ってあるくらいだ。
マイナスイオンって言うよりも電波を放出していそうな感じだ。
俺以外の人目がなくなったせいで大道寺さんはますますエスカレートした。
まずい!このままでは俺の気が狂いそうだ!!
「ココロたんはあのぺたんこ具合が萌えるんだよね」
などと俺が口走ろうものなら人思いに殺してほしい!頼むから!!
って言うか、大道寺さんはスペースを与えられたというより隔離されたのか?
だとするなら俺は人柱か!?
クソッ!覚えていやがれ、課長め!
大道寺さんの力を制御できるようになったら真っ先に潰してやる!
休憩が終わって席に戻ってみると、俺の机の上に資料が山積みにされていた。
「大道寺さん!これは何ですか!?」
「何って、こなたの資料だよ。この間言ったでしょ?こなたは沢村君に任せるって」
「え…っ?あれ、マジだったんですか?てっきり冗談かと…」
「僕はゆきの開発に専念しなきゃいけないから」
大道寺さんは本気で俺に仕事を押し付けてくれた。
そしていつの間にか新製品の開発と、その名前までが決められていた。
「ところで『ゆき』って何のキャラの名前なんですか??」
| HOME |







